【編集作業中2025/3/2】
はじめに
沖縄戦に先立ち、米軍は戦略的情報収集のため、沖縄本島を含む広範囲にわたる空中写真を撮影しました。これらの写真は、戦前の沖縄の地形や集落の姿を記録した貴重な資料であり、これまで沖縄県教育委員会や研究機関によって、集落の歴史的変遷や地名研究などに利用されてきました。しかし、これらの利用事例の多くは、特定の集落やその周辺を切り出し、現在の状況や歴史的資料と比較するものが中心であり、空間的には限られた範囲に留まっている印象があります。
沖縄県史 ビジュアル版10 近代③ 空からみた昔の沖縄 (沖縄県教育委員会、2002)
沖縄県史 ビジュアル版11 近代④ 空から見た昔の沖縄Ⅱ (沖縄県教育委員会、2003)
沖縄県史 ビジュアル版13 近代⑤ 空から見た昔の沖縄Ⅲ (沖縄県教育委員会、2004)
このような状況の背景には、空中写真が撮影高度約3,000メートル程度から撮影され、1枚あたりのカバー範囲が約4〜5km四方と限られることが影響していると考えられます。特に、沖縄本島中南部のように、戦後の地形改変や土地利用の変化が激しい地域では、過去の空中写真から集落や主要なオブジェクトのみが比較可能であり、広域的な空間分析が困難な状況にあります。
本研究では、分割撮影された空中写真を接合し、オルソモザイク化およびジオリファレンスを行うことで、空間データとしての一貫性を持たせ、広域的な視点から地形や土地利用の変遷を分析することを目指します。この取り組みにより、空間データ化されたオルソモザイク空中写真を現代の地図情報とオーバーレイすることで、従来の方法では見過ごされていた過去の撮影事象の意味や価値を浮き彫りにすることが期待されます。
先行研究、1940年代空中写真を利用した空間分析
1944年11月29日空中写真
1944年11月29日米軍撮影空中写真
範囲:沖縄島中南部広域、糸満市~八重瀬町~南風原町・南城市~与那原町~西原町~中城村
https://www.gis-okinawa.jp/2024e/IMG19441129/IMG19441129.html
1945年1月3日米軍撮影空中写真
範囲:沖縄島中南部広域版、那覇市小禄‐南城市知念以北~読谷村、西海岸を中心に
https://www.gis-okinawa.jp/2025a/okinawaSM1945J.html
1945年2月28日米軍撮影空中写真
範囲:沖縄島中南部広域版、那覇市小禄~浦添・宜野湾市~嘉手納町(西海岸を中心に)~沖縄市~うるま市天願
https://www.gis-okinawa.jp/2025a/okinawaSM1945J.html
1945年4月2日米軍撮影空中写真【エリア分割作成】
範囲:西原町嘉手苅~小橋川~棚原~浦添市西原
https://www.gis-okinawa.jp/2024e/nakagusuku1945A.html
範囲:西原町小橋川~千原~中城村上原~宜野湾市志真志~愛知
https://www.gis-okinawa.jp/2024e/nishihara1945A.html
範囲:浦添市西原~経塚~那覇市石嶺~首里城~識名
https://www.gis-okinawa.jp/2024e/shuri1945A.html
1945年12月10日米軍撮影空中写真
範囲:沖縄島中南部広域、金武町屋嘉ー恩納村冨着以南
https://www.gis-okinawa.jp/p1945D/okin45D.html
1945年1月3日米軍撮影空中写真【エリア版】
範囲:那覇市
https://www.gis-okinawa.jp/2025a/Naha1945J.html
範囲:南城市~与那原~南風原
https://www.gis-okinawa.jp/2025a/nanjou1945J.html
範囲:伊江島(エリア分割作成)
https://www.gis-okinawa.jp/2024e/IE1945.html
1945年2月28日米軍撮影空中写真【エリア版】
範囲:那覇市
https://www.gis-okinawa.jp/2025a/Naha1945F.html
範囲:浦添市
https://www.gis-okinawa.jp/2025a/Urasoe1945F.html
範囲:浦添市~宜野湾市~北谷町西海岸沿い
https://www.gis-okinawa.jp/2025a/ginowan1945F.html
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