名護市市街地周辺の地形改変

琉球列島地形復元

はじめに

 沖縄島北部の名護市の人口は、沖縄本土復帰直前1970年39,799人であったが、これ以降に人口増が続き、1975年45,210人、2020年62,575人に増加している。この期間、旧市街地は人口が減少、周辺部で人口増加が見られた。(名護市役所『人口ビジョン』
 この間、名護市市街地周辺は地形改変が進み、住宅地が拡大した。沖縄本土復帰直前の空中写真や国土基本図(1/5000)を観察すると、当時の市街地は沿岸部に集中し、この周辺には丘陵が広がり、河川沿いに低地が分布し、農耕地となっている様子がわかる。これらの地形は、現在では住宅地の拡大や埋め立てによって大きく変化している。
 国土交通省の土地利用情報(国土数値情報ダウンロードサイト)による1976年と2021年の土地利用細部メッシュデータを比較することで、市街地が拡大した状況を直接確認することができる。なお、地図にオーバーレイ表示している濃赤色部分が1976年建物用地であり、淡赤色部分が2021年建物用地である(図―1)。また、1978年空中写真(地理院地図)には、名護市周辺地域での開発工事による地形改変状況や、沿岸部の埋め立て工事の状況が撮影されている。
 このように大規模な地形改変により、1970年代の地形は失われている。このような状況は沖縄島中南部でも顕著で、『1948年米軍作成1/4800地形図を用いたDEM作成と国土地理院5mメッシュ標高との差分による地形改変判読』と『沖縄島中南部の1948年地形とその改変』では、1948年作成の米軍1/4800地形図から地形改変以前の地形をDEMデータとして復元し、現在地形との差分より、地形改変の詳細を考察している。
 本研究では、1971年1/5000国土基本図から地形改変以前の地形を復元し、現代の5mグリッド標高データと比較することで、名護市周辺の地形改変の詳細を明らかにすることを目指している。
 近年、大規模宅地開発によって盛土が行われた丘陵地では、『地盤の不安定化』、『地震時の液状化リスク』、『長期的な地盤沈下』などの危険性が指摘されている。これらの危険性は、特に豪雨や地震などの自然災害時に顕在化することが多い。そのため、国土交通省は大規模盛土造成地分布を『重ねるハザードマップ』で公開している。大規模盛土造成地とは、主に谷埋め盛土面積が3000m2以上のものを指している。その作成方法や抽出条件は『大規模盛土造成地マップについて』にまとめられている。名護市市街地周辺でも大規模盛土造成地の分布が指摘されている。ただし、それらはその範囲のみの表示で、その層厚などの情報は公表されていない。
 さらに本研究では、1971年の標高データと現在標高の差分データより、切土盛土の分布や、盛土層厚等の分布を空間情報として可視化することも目指した。これらの研究成果や空間データにより、盛土地盤の安定性の検討や、地震時の地震動増幅率の推定など、災害リスクについて検討の高度化が期待できる。特に、これらのデータは、地域住民や自治体が災害に対する備えを強化する際に有用であり、適切な都市計画や災害対策の策定に役立つと考えられる。

注)『1948年米軍作成1/4800地形図を用いたDEM作成と国土地理院5mメッシュ標高との差分による地形改変判読』と『沖縄島中南部の1948年地形とその改変』の両論文は、以降まとめて『1948年地形図2論文』と呼ぶ。

図-1 土地利用図による建物用地分布変化

研究方法

 地形改変以前の地形基準:『1948年地形図2論文』では、形改変前の地形情報であるグリッド標高データ(DEM)は、第2次世界大戦直後に米軍が作成した1/4800地形図の等高線から生成している。この地形図は沖縄島中南部地域だけで作成されており、本研究の対象地域である名護地域を含む沖縄島北部では、この時期の大縮尺地形図は存在しない。そこで、1971年に琉球政府が作成した1/5000国土基本図を代わりに使用した。この国土基本図は、1972年沖縄本土復帰以後の大規模な開発以前の1971年に作成されたことから、地形改変以前の地形基準とし適しており、これの等高線を使用しグリッド標高データ(DEM)を作成した。

 国土基本図GISデータ化:使用した1971年測量1/5000国土基本図の図名は以下に示す4図幅である。
    15-HF-71,15-HF-72,15-HF-81,15-HF-82
 これら地形図の投影法及び測地系は日本平面直角座標系第15系日本測地系であり、各図幅の四隅位置情報は図名より求めることができる(『国土基本図四隅座標を図名から入手』)。GISソフト(QGIS)のジオリファレンスツールにて、この地図画像ラスターデータに、それぞれの位置情報を設定した。

 ベクトル等高線作成とDEM生成:次に、ジオリファレンスを完了した国土基本図を元に、等高線をベクトル化し、標高情報を付加した。
 続いて、GISソフト(TNTmips)のツールを使い、ベクトル等高線から5mグリッドDEMデータに変換した。また、測地系は現在地形とオーバーレイ解析ができるよう、日本平面直角座標系第15系世界測地系にGISソフト(TNTmips)にて変換した。
 旧版地図のジオリファレンス、等高線トレース、DEM生成、投影・測地系変換などの作業の詳細は、『1948年地形図2論文』にまとめられている。

 現在地形:『1948年地形図2論文』では、基準地形と現地形DEMの差分から地形改変状況を判読している。そのため、現地形DEMも基準地形DEMと同等の解像度が必要であり、国土地理院基盤地図情報数値標高モデル5mメッシュを使用している。しかし、本研究の対象地域には標高モデル5mメッシュは公開されていない。全国範囲で作成されている標高モデル10mメッシュは利用できるが、1/25000地形図等高線から生成された標高モデルであるため、地形状況を5mメッシュレベルの高解像度では表現されていない。本研究では、国土基本図等高線から5mメッシュ標高データを生成できているので、現地形データとして同程度の解像度標高データは必須である。
 沖縄県内で、数値標高モデル5mメッシュデータが存在しない領域について、5mメッシュと同程度の解像度を持つ数値標高モデル生成手法を『okinawaDM等高線から高精細DEM』で検討している。そこでは、2010年代の1/2500と1/5000国土基本図をベクトルデータ化したデジタルマップの等高線を活用して、5mグリッドDEMデータを生成している。そこで、本研究の現在地形モデルは、この方法により生成されたDEMを用いることで、地形改変の詳細な解析を行った。

結果

(1)5mグリッド標高データ
 地形改変以前:国土基本図のベクトル等高線データを図ー2に示す。1/5000地形図は、主曲線間隔は5m、間曲線間隔は2.5mとなっている。研究対象範囲内の主曲線はすべてベクトル化し、崖地や急斜面などで等高線が途切れたっ場合でも、その形状を表すために必要な等高線は連続させた。海岸線や河川沿いの平坦地にある間曲線もベクトル化した。海岸線や河川河口部の水際線は標高0mの等高線としてベクトル化した。市街地では建物のために等高線が途切れている箇所も見られた。
 このベクトル等高線をもとに生成した5mグリッド標高データをGrayscaleで図-3に示す。処理にはGISソフト(TNTmips)を使い、日本平面著各座標系第15系日本測地系5mメッシュで標高データを生成した。標高値は浮動小数型で出力した。Grayscale表示(図-3)からは、丘陵地に広く分布する尾根・谷の地形や、山麓斜面下部に発達する谷など、詳細な地形情報が復元できていることがわかる。
 TNTmipsの処理では等高線分布範囲の矩形領域全体に標高値を生成するため、海域や等高線データ範囲外にも標高情報(平均標高や周辺等高線を使った外挿推定値など実際の標高ではない値)を出力する。解析時は海域や等高線ベクトルデータ生成範囲外をまとめたマスクを使い、陸域以外を削除処理(ヌル値化)を行うとともに、日本平面著各座標系第15系世界測地系に投影変換し、DEMデータを整えた。

 名護市市街地周辺の地形変化:1970年代と2010年代で地形変化を観察するため、地形改変以前DEMデータから作成した陰影付きの彩色標高を図-4に、また、現在地形とした『okinawaDM等高線から高精細DEM』より作成した陰影付きの彩色標高を図-5に示す。それぞれは国土基本図と地理院地図を背景図としている。
 1971年地形データでは、市街地周辺の谷地形が樹枝状に広がっている様子が確認できる。市街地の北方を東から西に流下する屋部川の中下流域は、現在よるも流路は狭く、緩やかに曲がっている。屋部川上流部、市街地の北〜北西丘陵地は開析が進み、細かな谷が発達する。また、市街地北東の山麓斜面下部には、南東方向の斜面に谷が発達している。1971年地形データには、市街地周辺部には谷地形が樹枝状に発達している。
 2010年代の地形データからは、市街地の北〜北西丘陵地の谷や尾根のほとんどが平坦化され住宅・商業用地や道路などに変化している。屋部川の比較的大きな支流だけが残されている。屋部川の中下流域は、流路が拡張され、直線的に流下している。山麓斜面では尾根・谷も平滑な斜面と改変されて農地や宅地、学校等の公共用地に利用されている。
 1970年代と2010年代での明瞭な地形改変は、以下の3点である。
 ⅰ 名護市旧市街地の周辺部丘陵地の谷・尾根地形の消滅と丘陵地の樹枝状水系の消滅。
 ⅱ 北西部山麓斜面下部の谷埋めと緩傾斜化、階段状平坦地化。
 ⅲ 屋部川の中下流域の流路拡張と流路の直線化。
このような地形改変により、市街地や農地の開発が進んだ。

図-2 ベクトル等高線
図-3 5mグリッド標高データGrayscale表示
図-4 1971年陰影付き彩色標高
図-5 2010年代陰影付き彩色標高

(2)標高差分データ
 名護市市街地周辺で、1971年から2010年代間で発生した地形改変状況を、可視化するために、1971年DEMと2010DEMの差分データを作成した。具体的にはTNTmipsを使い、両DEMデータをオーバーレイし、[2010DEM]ー[1971DEM]の値からなるラスターデータを生成した。(図ー6)
 この差分データは、基準値1971年地形より改変された場合、正または負の値をとることとなる。正の値は基準地形より標高が上昇、盛土と判断される。また、負の値は標高が減少、切土であると判断される。従って、図ー6の正(赤色)と負(緑色)は切土・盛土の分布を表す。

 市街地北部丘陵(図-7):名護市市街地北部の丘陵地帯では、1971年地形の谷・尾根地形をなぞるように盛土・切土領域が分布する。特に、屋部川上流部丘陵地に位置する名護市大西〜大中地域,大北付近に明瞭な谷埋め盛土が旧谷地形に沿って長く連続し、これに隣接する尾根を切り崩した切土地域が分布する。この開析が進んだ丘陵地は平坦化され住宅地が広がっていることが明瞭である。盛土層厚は谷埋め盛土中央部付近で10mを超える部分も見られる。
 山麓斜面(図-8):1971年地形では、屋部川北側の山地山麓斜面は起伏も大きく、丘陵地域と比較して、南に流下する谷の密度が大きく、また谷も深い。このような地域に大規模な農地の造成や宅地開発が行われているため、切土・盛土の分布パターンはより複雑で、谷埋め盛土により盛土層厚は20mに達する部分も見られる。
 屋部川中下流域周辺(図-9):屋部川中下流域では、1971年地形図では、曲流する本流や南側に分岐する比較的大きな支流沿いの後背湿地に水田などの農地が広がっていた。流路拡張と流路直線化後、周辺域は宅地化が進んだが、その時に1~3m程度の盛土が広く行われたようである。
 沿岸埋め立て地(図-9):市街地の南側を通過する国道58号線の海側は広い埋め立て地である。厚いところで5m程度となっているが、1971年地形では海底地形までは考慮していないので、実際の盛土の厚さはこれよりも厚い。

図-6 切土・盛土分布
図-7 丘陵地域盛土層厚
図-8 山麓斜面盛土層厚
図-9 屋部川中下流域盛土層厚

考察

(1)切土・盛土分布図
 切土・盛土分布図の赤色(盛土)・緑色(切土)グラデーションは、盛土層厚や地山削剥程度を表すこととなり、盛土層厚は盛土地盤の安定性の検討や地震時の地震動増幅率の推定など、災害リスク検討への利用が期待できる。また、地山削剥情報は、造成地盤の強度推定などに有効である。また、これら以外にも、地下埋設インフラ設備工事の難易度判定や、農地の保水性や地盤改良の必要性の検討にも使える空間情報となる。

 切土削剥の影響:切土区域では、造成後の地盤がその下の地質状況に依存する。沖縄県地図情報システムオープンデータ一覧の『土地分類基本調査図(傾斜区分図・地形分類図・土壌図・表層地質図)』をオーバーレイすることで,それらの推定が可能になる。また、沖縄北部地域では、丘陵や山地の表層が「国頭マージ」と呼ばれる風化土壌(赤黄色土)に覆われており、風化作用は岩盤深層にまで及んでいる。削剥量が多い地域では、風化層が除去され、地盤の保水性や安定性に影響を与える。また、削剥量が小さい区域では、「国頭マージ」や強風化岩盤が表層に残っていることが考えられ、赤土の流出源となり沿岸のサンゴ礁に影響を与えるリスクになる。農地として利用されている場合、削剥が少ない地域では、保水性の確保や地盤改良の必要性が生じる可能性がある。

 盛土層厚の影響:近年、大規模盛土が行われた丘陵地では、一般的に『地盤の不安定化』、『地震時の液状化リスク』、『長期的な地盤沈下』などの危険性が指摘されている。これらの危険性は、特に豪雨や地震などの自然災害時に顕在化することが多い。ここで示された盛土分布や盛土層厚分布などの空間データを利用することにより、盛土地盤の安定性の検討や、地震時の地震動増幅率の推定など、災害リスクについて検討の高度化が期待できる。2011年東日本大震災後、盛土地盤の災害についての分析、研究が行われ盛土の持つ災害リスクが明らかにされている。

 盛土内地下水の影響:研究範囲内にみられる盛土の多くは『谷埋め盛土』と呼ばれるタイプのもので、丘陵や山麓斜面に刻まれた旧地形の谷にそって連続する。このような場所は、地形・地質的に水が集まりやすい場所であり、地形改変後も、降雨が浸透後、地山岩盤が不透水層となって、埋め立て土砂中に地下水として溜まりやすい地質構造となる。さらに集まった地下水は旧地形の谷の流下方向に流動が生じるものと考えられる。

 盛土地域の災害例:2018年北海道胆振東部地震にて札幌里塚地区で発生した液状化に伴う大規模な土砂の流動も、宅地造成で生じた谷埋め盛土内の地下水が原因で発生した。また、山地斜面内の急傾斜の谷が埋め立てられ場合、盛土崩壊が下流側に大きな被害をもたらす場合がある。2021年熱海市伊豆山土石流災害は、盛土崩壊が土石流の原因となった。
 
(2)切土・盛土の収支
 宅地等造成工事:一般に大規模な宅地造成等では、平坦化のため丘などを崩し、その土砂で谷を埋め立てる工事を行う場合が多い。そのため,工事範囲内での切土盛土の土砂収支が釣り合うように、土砂の移動量を極力小さくなるように工事が進めらる。従って、尾根切り崩しと谷埋め地域が隣接し、切土盛土面積やその土量はほぼ等しくなる。『1948年地形図2論文』では、沖縄島中南部の切土盛土面積やその土量について検討した結果、切土は盛土の約2倍の面積、土量であることが判明した。この差は沿岸サンゴ礁の埋め立てに使用された土量に相当し、沖縄中南部の切土盛土分布では、『沿岸サンゴ礁の埋め立て』という特殊な要因があることを指摘している。
 以下、『1948年地形図2論文』と同じ手法で、研究範囲の切土・盛土収支を検討する。

 名護周辺範囲の検討:大規模な切土盛土分布を明瞭にするため、標高差分値の絶対値が3m以上の地点を抽出し図-10に示した。屋部川上流域の丘陵や北西部山麓斜面下部には大規模な地形改変区域が広く分布する。一方、市街地や屋部川中下流域の比較的幅の広い谷底低地には少ない。図-10より算出した地形改変面積は、切土3.16㎞2、盛土 2.81㎞2 と切土面積は盛土面積の約 1.1倍となり,切土面積は若干広い。また、差分データから切土・盛土土量を算出すると、切土約28,120,000m3、盛土 24,95,000m3 と切土土量は盛土の約 1.1倍となり,面積と同様に若干多くなる。沖縄島中南部ではこれらの差は2倍以上であったことに比較すれば両面積の差は非常に少ない。

 研究範囲内の名護市街地南側には埋立地が広がる。その面積は約 637,000m2 である。一方、標高差分データでは1971年海域部分の標高を0mとして算出している。従って海底から海面部分の土砂量は考慮されていない。そこで、この部分の土量を推定する。まず、水深数 m 程度の礁池内の埋め立てであることから 5 m程度という値は間違いではないと考える。そこから埋め立てに必要な土量は 約320万m3 となり,上記の切土・盛土の土量差 317万m3 を説明できる。

 研究範囲では、切土と盛土の面積及び土量は約 1.1倍の差が生じるが、沖縄島中南部では2倍以上であったことに比較すれば両面積の差は非常に少ない。また、その土量の差は、名護市街地南側の沿岸埋立に使われた土量で説明ができることが判明した。中南部と名護の切土盛土面積及び土量の差は、沿岸埋立地の広がりの差にあることが原因である。

図-10 切土・盛土分布(地形改変量3m以上)

(3)災害リスク評価および土地利用計画への貢献
 本研究で得られた切土・盛土の分布や層厚の情報は、名護市周辺の地盤の安定性や災害リスク評価において重要な指標となり得る。特に、盛土層の厚さや地下水の流動傾向は、地震や豪雨時の液状化リスクや土砂災害発生のリスク評価に直接的に結びつく。たとえば、谷埋め盛土地域や旧地形の谷に沿った地下水の移動が懸念されるエリアでは、さらなる詳細な地質調査や監視体制の導入が必要である。これにより、地域住民や行政が災害に対する備えを強化できると期待される。
 さらに、切土・盛土分布データは、今後の土地利用計画や都市開発計画の際にも活用できる。地盤の安定性を考慮した土地利用の選択や、農地や宅地としての適性の評価において有益な基礎情報を提供し、適切な都市計画や災害対策の策定を支援する。このように、本研究で作成した地形改変データは、名護市周辺の持続可能な地域づくりにおいて貴重な資料として機能するだろう。

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