沖縄戦における米軍グリッドの復元

沖縄戦

要旨
1945年の沖縄戦での米軍作戦報告書では、攻撃箇所や戦闘場所などの位置情報を4桁の数字とアルファベット1文字を組み合わせた座標コードで表している。そのため、沖縄戦の米軍記録を読み解くためには、米陸軍工兵隊が太平洋戦域で作成した25000分の1の戦略地図、その座標コードを図示した「L-891シリーズ」が必要となる。しかし、それらの地図を入手することは困難であり、そのままでは多数のデータを処理するのは難しい。そこで、そのグリッドの生成方法をGISで復元できれば、属性情報として座標コードを有したグリッドをGISベクトルデータとして利用出来ると考えた。本研究では、web上にあった先行研究を参考に、上記地形図の投影法や座標系を推定し、1000ヤードグリッドおよび200ヤードグリッドをGISデータとして復元することに成功した。このGISデータを利用する事で、米軍作戦報告書で記されている状況を空間情報として整備出来る。また、背景図として、当時の地形図や空中写真、現在の地形図などに入れ替える事や、属性情報として取り込んだ米軍作戦報告書の状況から様々な主題図を作成する事で、多数の種類の空間分析が行える。

はじめに

仲本和彦(2018)がまとめているように、沖縄戦の米軍記録を読み解くためには、米陸軍工兵隊が太平洋戦域で作成した25000分の1の戦略地図、「L-891シリーズ」が必要であり、沖縄全体で 51枚の地図が存在する。

この地図は、カラー地形図に1000ヤード(約914m)の大グリッドと、それを縦横方向に5等分する200ヤード(約183m)四方の小グリッドが描かれている。大グリッドに4桁の数字、小グリッドにアルファベット(AーY)振られ、4 桁の数字とにアルファベットを合わせたコード番号で200ヤード(約183m)精度で位置情報を表している。

これらのグリッドマップをジオリファレンス処理して、ラスターGISデータとし、これらのグリッドをトレース、さらに1000ヤードグリッドの4桁数字を属性情報として入力すれば、力技で復元することは可能である。しかし、地形図の投影法やグリッドの作成法がわからないと、グリッド線のトレース作業や4桁数字の入力作業は、全範囲51枚で手作業で行う必要が生じ作業量も多くなる。また、この作業のためには、同範囲の全地図を入手する必要があり、仲本和彦(2018)によれば、沖縄県公文書館においても、一部の入手にとどまっているとのことであれば、この作業は実質不可能であるものと考えられる。

本研究では、これらグリッドマップの投影法、グリッド生成法を検討し、沖縄戦における米軍グリッドをGISベクトルデータとして復元することを目的とした。また、GISデータ化された空間情報と米軍情報のコード化された位置情報をリンクすれば、米軍情報の時空間化が可能になるものと考えられる。

グリッドマップの投影法

KoheiOtsuka(2013a)は、米軍の70年前の日本都市地域図のGISデータ化作業のため、同地図の投影法などの情報を調査している。その中で、以下の情報を得ている。

当時の米軍は米国内地図で多円錐図法を使っており、基準経線は8度刻みでZone AからGまであった。基準緯線は北緯40.5度、その座標系の単位はヤードで、基準経線/緯線での座標値はx:1000000、y:2000000だった。測地系はNAD27(準拠楕円体はclrk66)だった。

日本都市地域図作成時も同じ基準流用してると仮定、全地図見直してみると、X座標の1000000は、ZoneAでは東経143度、ZoneBでは東経135度 付近にある。両者の度間隔は8度、Y座標の2000000は、北緯40.5度付近にある。また、日本の旧版地形図の測量成果を流用しているため、旧日本測地系と世界測地系間の楕円体中心ズレが入っている。

旧日本測地系での楕円体ズレパラメータを入れ、東西はほぼ一致、南北だけ数十mずれる程度になった。以下は、ZoneAとZoneBの投影法パラメータの設定例でる。

ZoneA: +proj=poly +lat_0=40.5 +lon_0=143 +x_0=914398.5307444400+y_0=1828797.0614888800 +ellps=clrk66+to_meter=0.9143985307444408+towgs84=-146.336,506.832,680.254,0,0,0,0 +no_defs

ZoneB: +proj=poly +lat_0=40.5 +lon_0=135
+x_0=914398.5307444400+y_0=1828797.0614888800 +ellps=clrk66+to_meter=0.9143985307444408+towgs84=-146.336,506.832,680.254,0,0,0,0 +no_defs

以上の情報を参考に、沖縄戦グリッドマップの投影法、座標系のパラメータを探ることとした。1000ヤードグリッドの生成が成功すれば、200ヤードグリッドは同グリッド内の縦横方向5分割で求めることができるので、1000ヤードグリッド生成方法を求めることとした。

KoheiOtsuka(2013a)による情報をもとに、沖縄戦グリッドマップの投影・座標系の情報は、
・投影法は多円錐図法、測地系は測地系はNAD27(準拠楕円体はclrk66)
・座標系の単位はヤード
・『基準経線は8度刻みでZoneAからG』から、基準経線は沖縄島西海上を通過する127度
・『基準緯線は北緯40.5度』から、15度南側に基準緯線を北緯25.5度に仮定
・基準経線/緯線での座標値は、x:1000000とy:2000000
・旧日本測地系と世界測地系間の楕円体中心ズレが入る
と考えた。以上の仮定から、プロジェクション定義は以下の通り。

プロジェクション定義
+proj=poly +lat_0=25.5 +lon_0=127 +x_0=914398.53074444 +y_0=1828797.06148888 +ellps=clrk66 +towgs84=-146.336,506.832,680.254,0,0,0,0 +to_meter=0.9143985307444408 +no_defs

グリッドマップ上の4桁数字の意味

各1000ヤードグリッドには、4桁数字が印刷されている。数字は西方向に上2桁が、北方向に下2桁が1づつ増加する。

羽田康祐(2017)のMGRS (Military Grid Reference System) 解説を参考に、1000ヤードグリッドの4桁数字の意味を検討すると、上2桁はX座標、下2桁はY座標に関わる数字であると容易に判断できる。

例えば『7961』では、グリッド左下角の座標がX:79000、Y:61000になっているようだ。ただし、『基準経線/緯線での座標値は、x:1000000とy:2000000』ということから、この投影・座標系での実際の座標値は、それぞれの数字を加えた、X:1079000ヤード、Y:2061000ヤードとなる。

1000ヤードグリッドの生成

沖縄島南部範囲のグリッドマップから、左上『6974』ー右下『9455』範囲の1000ヤードグリッドを生成し、プロジェクション定義Aを適用し、グリッドマップとの重ね合わせを検討した。なお、グリッドマップは日本測地系緯度経度の四隅情報からジオリファレンスしたラスターデータである。

プロジェクション定義を適用して重ね合わせ状態はfig.1に示す通りである。1000ヤードグリッドの東西方向は完全に重なり、『基準経線127度』という推定は正解であったと考えられる。『基準緯線25.5度』に関しては、1000ヤードグリッドは南側にズレることとなった。

KoheiOtsuka(2013a)の検討でも、同様の現象が発生している。後の検討、KoheiOtsuka(2013b)でその原因を推定、補正方法を示している。

本研究では、最終的に200ヤード(約183m)グリッド精度で位置を特定し、作成するメッシュポリゴンに属性情報として座標コードを生成することを目的とするため、位置情報に高精度は必要はないと考えた。そこで、基準緯線の数字を調整し、『基準経線127度』の経度方向線の精度程度で、緯度方向線を生成する基準緯線の数値を探った。

1000ヤードグリッドのパラメータ確定

試行錯誤による基準緯線の検討から、その値は北緯25.6228度となった。属性情報をラベル表示した1000ヤードグリッド(赤)とグリットマップを重ね合わせたものをfig.2に示す。かなりの精度で復元できたものと考えている。

200ヤードグリッドの生成

1000ヤードグリッドの検討で決定した投影法などのパラメータを使って、200ヤードグリッドを生成した。200ヤードグリッドは、1000ヤードグリッドの1セルを縦横方向に5等分し、左上のセルからアルファベットAから順に振り、右下がYとなっている。1000ヤードグリッドの4桁の数字、200ヤードグリッドに振られたアルファベットを合わせた座標コードで200ヤード(約183m)精度で位置情報を表している。この200ヤードグリッドには、属性情報として、この座標コードを付した。地理院地図と重ね合わせた例をFig.3に示す。

200ヤードグリッドサンプルデータ

6974A(左上)ー9456Y(右下)範囲の200ヤードグリッドデータを公開する。QGIS2.14を使い、地理院地図と重ね合わせ、座標コードをラベル表示した例をFig.4に示す。

GISファイル形式:SHPファイル
空間参照システム:WGS84/PseudoMercator(EPSG:3857) これは地理院地図やGoogleMapsの空間参照システムで、web提供形式のGISデータと重ね合わせる場合に便利である。
属性情報:『New_Point』、アルファベットAーYの位置情報。『GRID_L_XY』、含まれる1000ヤードグリッドの4桁の数字。『ID_2』、1000ヤードグリッド4桁の数字と200ヤードグリッドのアルファベットを合わせた座標コード。

https://www.gis-okinawa.jp/2023a/grid200PsM.zip

まとめ

グリッドマップに表記されているグリッドをベクトルGISデータとして復元した。このグリッドマップの投影・座標系を推定し、その空間参照システム上で1000ヤードグリッドや200ヤードグリッドをGISツールを使い生成し、基準緯線を調整、グリッドマップと一致する値を試行錯誤で求めた。

今回求めた基準緯線情報が、このグリッドマップ作成時の投影・座標系ではないと思われる。KoheiOtsuka(2013b)では、複雑な変換作業により、作図時の投影・座標系を求めることができたとしているが、本研究では200ヤードグリッドの位置がある程度復元できれば良いと考え、目視で位置精度を確認した。

沖縄島周辺地域では、グリッドマップが入手できない場合でも、今回推定した空間参照システムを使って、1000ヤードと200ヤードグリッドを生成できる。また、これらのベクトルグリッドデータの背景地図などとして、1910年沖縄旧版地形図や、1945年米軍撮影空中写真なども利用できる。

仲本和彦(2018)によれば、1945年の沖縄戦における米軍作戦報告書では、200ヤードグリッドの座標コードを使って位置を報告している。この座標コードの意味が分からなければ、どの地点の状況か判読できない。また、仲本和彦(2018)は、知念半島付近での米軍作戦報告書から、この座標コードを使って、戦闘の空間的な状況を解説している。

このように、沖縄の他地域でも、GISデータ化された空間情報と米軍情報のコード化された位置情報をリンクすれば、米軍情報の時空間化が可能になるものと考えられる。

引用・参考文献

米軍作戦報告書に読み解く知念半島の戦闘- 仲本 和彦(2018)
https://www.archives.pref.okinawa.jp/wp-content/uploads/01_kiyou20_Nakamoto.pdf

Kohei Otsuka (2013a)
Kohei Otsuka (2013b)

羽田康祐(2017):完全理解!MGRS (Military Grid Reference System) https://www.wingfield.gr.jp/archives/6833

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