沖縄戦における米軍グリッドの復元2

沖縄戦

この記事は、2023.10.29『沖縄戦における米軍グリッドの復元』の記事をバージョンアップしたものです。『生成沖縄戦グリッドの精度確認』など、前回記事を加筆修正しています。

はじめに

沖縄戦の米軍記録を正確に読み解くには、米陸軍工兵隊が太平洋戦域に向けて作成した1:25000スケールの戦略地図「L-891シリーズ」が不可欠である(『米軍作戦報告書に読み解く知念半島の戦闘』,仲本和彦, 2018)。このシリーズには沖縄全体を網羅する51枚の地図が含まれており、詳細な地形情報が記載されている。

この地図には、1000ヤード(約914m)の大グリッドと、それを縦横方向に5分割した200ヤード(約183m)四方の小グリッドが配置されている。大グリッドには4桁の数字が、小グリッドにはアルファベット(A〜Y)が付され、4桁の数字とアルファベットを組み合わせることで200ヤードの精度で位置情報を提供する仕組みとなっている。

これらのグリッドマップをGIS上でラスターとしてジオリファレンス処理し、さらにグリッドをトレースし4桁の数字を属性情報として追加することで、力技による復元が可能である。しかし、地形図の投影法やグリッドの生成法が不明である場合、51枚全ての地図にわたる手作業のトレースや数字入力が必要となり、作業量が膨大になる。また、これら全ての地図を入手する必要があるが、仲本(2018)によると、沖縄県公文書館でも一部の地図しか入手できないため、全範囲の復元は事実上困難と考えられる。

本研究では、これらグリッドマップの投影法やグリッド生成法を検討し、沖縄戦時の米軍グリッドをGISベクトルデータとして復元することを目的とする。これにより、GISデータ化された空間情報と米軍の位置情報コードをリンクさせ、米軍情報の時空間的解析が可能になることを目指す。

沖縄戦グリッドの生成

(1)グリッドマップの既存研究
KoheiOtsuka(2013a)は、米軍の70年前の日本都市地域図のGISデータ化を進めるにあたり、これら地図の投影法などの情報を調査している。その中で、以下の情報を得ている。

・当時の米軍は米国内地図で多円錐図法が使用され、基準経線は8度刻みでZone AからZone Gまであった。基準緯線は北緯40.5度で、座標系の単位はヤード、基準点(経線/緯線)の座標値はx:1000000、y:2000000だった。測地系はNAD27(準拠楕円体はclrk66)が採用されている。
・日本都市地域図の作成時も同様の基準を使用していると仮定し、全地図見直したところ、X座標の1000000はZoneAで東経143度、ZoneBで東経135度付近にあり、両者の度間隔は8度、Y座標の2000000は、北緯40.5度付近に存在する。
・日本の旧版地形図の測量成果も流用されているため、日本測地系と世界測地系間の楕円体中心ズレが含まれている。
・日本測地系での楕円体ズレパラメータを考慮すると、東西はほぼ一致し、南北方向には数十mのズレが発生している。

以下は、上記情報から生成されたZoneAとZoneBの投影法パラメータの設定例でる。この設定をQGISの空間参照システムの定義ファイルとして用いることで、この投影・座標系を再現可能となる。

ZoneA: +proj=poly +lat_0=40.5 +lon_0=143 +x_0=914398.5307444400+y_0=1828797.0614888800 +ellps=clrk66+to_meter=0.9143985307444408+towgs84=-146.336,506.832,680.254,0,0,0,0 +no_defs

ZoneB: +proj=poly +lat_0=40.5 +lon_0=135
+x_0=914398.5307444400+y_0=1828797.0614888800 +ellps=clrk66+to_meter=0.9143985307444408+towgs84=-146.336,506.832,680.254,0,0,0,0 +no_defs

これらの情報が、沖縄戦グリッドマップの投影法および座標系のパラメータを特定するための重要な手掛かりとなった。

(2)沖縄戦グリッド、投影・座標系の検討
既存研究の情報を参考に、沖縄戦グリッドの投影法、座標系のパラメータを探ることとした。
1000ヤードグリッドの生成が成功すれば、200ヤードグリッドは同グリッド内の縦横方向5分割で求めることができるので、1000ヤードグリッド生成方法を求めることとした。

沖縄戦グリッドの投影・座標系の情報は、
・投影法は多円錐図法、測地系は測地系はNAD27(準拠楕円体はclrk66)
・座標系の単位はヤード
・『基準経線は8度刻みでZoneAからG』から、基準経線は沖縄島西海上を通過する127度
・『基準緯線は北緯40.5度』から、25度南側に基準緯線を北緯15.5度に仮定
・基準経線/緯線での座標値は、x:1000000とy:2000000
・旧日本測地系と世界測地系間の楕円体中心ズレが入る
と考え、プロジェクション定義を以下のように仮定した。

沖縄戦グリッドプロジェクション定義(仮)
+proj=poly +lat_0=15.5 +lon_0=127 +x_0=914398.53074444 +y_0=1828797.06148888 +ellps=clrk66 +towgs84=-146.336,506.832,680.254,0,0,0,0 +to_meter=0.9143985307444408 +no_defs

この設定もQGISの空間参照システムの定義ファイルとして用いることで、この投影・座標系を利用可能となる。

(3)グリッドマップ上の4桁数字の意味
沖縄戦グリッドマップの各1000ヤードグリッドには、4桁数字が印刷されている。数字は東方向に上2桁が、北方向に下2桁が1づつ増加する。
羽田康祐(2017) のMGRS (Military Grid Reference System) 解説を参考に、1000ヤードグリッドの4桁数字の意味を検討すると、上2桁はX座標、下2桁はY座標に関わる数字であると容易に判断できる。
例えば『7961』では、グリッド左下角の座標がX:79000、Y:61000になっているようだ。ただし、『基準経線/緯線での座標値は、x=1000000とy=2000000』ということから、この投影・座標系での実際の座標値は、それぞれの数字を加えた、X=1079000ヤード、Y=2061000ヤードとなる。

(4)1000ヤードグリッドの仮生成
QGISに沖縄戦グリッドプロジェクション定義を適用し、1000ヤードグリッドを生成し、沖縄戦グリッドマップ(日本測地系緯度経度四隅情報からジオリファレンス)とオーバーレイさせ、その精度を検証した。検証範囲は沖縄島南部範囲のグリッドマップから、左上『6974』ー右下『9455』範囲とした。
なお、このグリッドの範囲は
『6974』:X=1069000ヤード、Y=2074000ヤード
『9455』:X=1094000ヤード、Y=2055000ヤード
となり、QGISのグリッド生成ツールにより、上記のX,Yの範囲で1000ヤード間隔のグリッドポリゴンを生成した。

1000ヤードグリッドと沖縄戦グリッドマップのオーバーレイは図-1に示す通りである。1000ヤードグリッドの東西方向は完全に重なり、『基準経線127度』という推定は正解であったと考えられる。一方、『基準緯線15.5度』に関しては、1000ヤードグリッドは南側にズレることとなった。

KoheiOtsuka(2013a)の検討でも、同様の現象が発生している。後の検討、KoheiOtsuka(2013b)でその原因を推定、補正方法を示しているが、その手順は複雑であり、本研究では別の方法でこのズレを解消することとした。

米軍の沖縄戦における位置情報記録は、沖縄戦グリッドの200ヤード(約183m)グリッド精度で記述されている。また、現場での位置測定は、目標物からの方位や目視等による距離から、手元にある沖縄戦グリッドマップ(1/25000地形図)を使い求めたものと考えられる。従って、1000ヤードグリッドの完成度は、位置精度よりも沖縄戦グリッドマップとの視覚的な重なりを重視した。そこで、沖縄戦グリッドプロジェクション定義の基準緯線の数字(『+lat_0=15.5』の数字部分)を調整し、『基準経線127度』の経度方向線の精度程度で、緯度方向線を生成する基準緯線の数値を、QGIS内での調整を行い、沖縄戦グリッドマップと一致する基準緯線の値を検討した。

(5)パラメータ調整による1000ヤードグリッド生成
QGIS内で沖縄戦グリッドプロジェクション定義の基準緯線の数字の調整を行い、北緯16.53775度で、沖縄戦グリッドマップとの視覚的な良好な重なりを確認できた。生成した1000ヤードグリッド(赤)と沖縄戦グリッドマップを重ね合わせたものを図-2に示す。かなりの精度で復元できたものと考えている。
以下は調整後、決定した沖縄戦グリッドプロジェクション定義である。

沖縄戦グリッドプロジェクション定義
+proj=poly +lat_0=16.53775 +lon_0=127 +x_0=914398.53074444 +y_0=1828797.06148888 +ellps=clrk66 +towgs84=-146.336,506.832,680.254,0,0,0,0 +to_meter=0.9143985307444408 +no_defs

(6)1000ヤードグリッドIDの生成
沖縄戦1000ヤードグリッドのID(4桁の数字)を、1000ヤードグリッドポリゴンの位置情報から生成し、各ポリゴンの属性情報として格納する。QGISを使い、属性テーブルに対し、以下の手順で生成する。
 ⅰ ポリゴン右下隅ノード座標(x,y)のジオメトリ情報を入手
 ⅱ それぞれの座標値x、yの右から5文字目と4文字目の2文字を切り出す(X$,Y$とする)
 ⅲ 1000ヤードグリッドのIDは、テキストX$+Y$となり、これを属性フィールドに書き込む
以上で、1000ヤードグリッドのIDが、各ポリゴンの属性情報として自動生成できた。

図-2には1000ヤードグリッドのIDもラベル表示(ポリゴン中央の赤文字)している。沖縄戦グリッドマップに印刷表示されている値と同じIDが生成されていることが確認できる。これにより沖縄戦1000ヤードグリッドポリゴンデータは属性情報も含め完成した。

(7)200ヤードグリッドの生成
1000ヤードグリッドの検討で決定した沖縄戦グリッドプロジェクション定義を使って、QGISのグリッド生成ツールにより、200ヤード間隔のグリッドポリゴンを生成した。
200ヤードグリッドは、1000ヤードグリッドの1セルを縦横方向に5等分された形状になっており、これらは1000ヤードグリッドID(4桁数字)と、内部25個(5x5)のセルには、アルファベットが割り当てられている(左上のセルからAから右へ進み、右下がYとなる)。1000ヤードグリッドの4桁数字と200ヤードグリッドに振られたアルファベットを合わせた座標コードが200ヤードグリッドポリゴンの属性情報となっている。このコードで位置を指定した場合、200ヤード(約183m)精度で位置情報を表すこととなる。
200ヤードグリッドと地理院地図と重ね合わせた例を図-3に示す。

(8)200ヤードグリッドサンプルデータ
6974A(左上)ー9456Y(右下)範囲の200ヤードグリッドデータを公開する。QGIS2.14を使い、地理院地図と重ね合わせ、座標コードをラベル表示した例を図-4に示す。
  200ヤードグリッドサンプルデータ
 GISファイル形式:SHPファイル
  空間参照システム:WGS84/PseudoMercator(EPSG:3857)
  地理院地図やGoogleMapsの空間参照システムで、web提供形式GISデータと重ね合わせに便利
  属性情報:『New_Point』、アルファベットAーYの位置情報
       『GRID_L_XY』、含まれる1000ヤードグリッドの4桁の数字
       『ID_2』、1000ヤードグリッド4桁数字+200ヤードグリッドアルファベットの座標コード
沖縄戦の米軍記録にはその位置情報を、4桁数字+アルファベットの200ヤードグリッド座標コードを使い表現している。QGISの属性検索機能を利用すれば、そのグリッド位置を検索可能で、地理院地図データなどをオーバーレイすれば、現在位置も簡単に表示できる。米軍記録を座標コードを基に整理したデジタルデータベースに調整すれば、QGISを使い、座標コードをキーフィールドとし、属性結合で詳細な属性情報を有した空間情報とし、高度な時空間解析が可能になる。沖縄戦の米軍記録と座標データの統合により、時空間解析の新たな可能性が広がる。

図-1 沖縄戦グリッドマップと1000ヤードグリッドのオーバーレイ(東西方向は一致、南北方向には数十mのずれが確認できる)
図-2 1000ヤードグリッドと沖縄戦グリッドマップの重ね合わせおよびIDの確認
図-3 沖縄戦グリッドと地理院地図と重ね合わせ図
図-4 サンプル200ヤードグリッドと地理院地図と重ね合わせ図

生成沖縄戦グリッドの精度確認

1000ヤードグリッドは、日本測地系緯度経度四隅情報を基にジオリファレンス処理を行い、GISデータ化された沖縄戦グリッドマップとオーバーレイさせた。この際、沖縄戦グリッドマップとの視覚的な重なりを重視し、沖縄戦グリッドプロジェクション定義の決定に至った。
しかし、紙媒体で保存されている沖縄戦グリッドマップの状態は必ずしも良好ではない。沖縄戦グリッドマップの画像はデジタルカメラで撮影されたものであり、周辺部には若干の歪みや不鮮明さが見られる。また、紙の折り目や撮影時に紙が浮き上がるなどの要因により、画像には歪みが生じている。
この沖縄戦グリッドマップは、画像の四隅に位置するジオコントロールポイント(4点)を基にジオリファレンスされているため、画像内には不規則な歪みが残存している。このような歪みを含んだマップを基準にして1000ヤードグリッドの調整を行った。
沖縄戦グリッドマップとの重なりの合致判定は視覚的に行ったが、1000ヤードグリッドはベクトルデータで直線を維持している一方で、沖縄戦グリッドマップのグリッド線は不規則に微妙な歪みがあり、完全な合致を判定するのは容易ではなかった。
そこで、今回生成した1000ヤードグリッドの精度を別の方法で検証することにした。

(1)方法
まず、生成した1000ヤードグリッドが正しいと仮定し、このグリッド線の交点をジオコントロールポイントとして利用する。これにより、1図面あたり最大140か所のジオコントロールポイントを設定でき、地図全体に均等に分布させることが可能である。
GISソフトウェアTNTmipsのジオリファレンスツールでは、多数のジオコントロールポイントを設定することが可能である。これらのポイントから三角網を構築し、それぞれの三角形内で線形変換を用いることで、不規則な形状をジオコントロールポイントに基づいて補正することができる。
次に、各沖縄戦グリッドマップのグリッド線の交点から約30か所を、沖縄戦グリッドプロジェクションによる位置情報に基づきジオコントロールポイントとして設定する。さらに、TNTmipsを用いてこの位置情報に合わせた画像を再生成し、GISデータとして取り込む。
この再生成した沖縄戦グリッドマップは、画像内の不規則な歪みがある程度補正されていると考えられる。従来の四隅の情報のみでジオリファレンスされた地図画像と比較して、地図全体が均一に補正されていると判断できる。
最後に、再生成された沖縄戦グリッドマップの四隅位置情報を取得し、日本測地系の緯度経度に変換、図に記述された緯度経度と比較し、その差を確認する。

(2)結果
この方法により、沖縄島全域(北部~中南部)で入手可能な11枚の沖縄戦グリッドマップについて精度確認作業を行った。その結果を表-1に示す。
経度方向でのズレの最大値はnagoNEにおける0.000142°、緯度方向ではkinNEにおける0.000139°であった。
全図の平均では、経度方向のズレは-0.000020°、緯度方向は0.0000077°であり、ズレの絶対値の平均は経度方向0.000050°、緯度方向0.0000077°であった。

なお、緯度方向の距離は1度あたり約111kmであり、経度方向の距離は緯度によって異なるが、沖縄付近では約100kmとなる。このため、緯度経度の十進表記において一の位が100km、小数点以下第一位が10km、小数点以下第五位がメートル単位に相当する。

これにより、緯度経度方向のズレは最大で約14m、平均的には数メートルに収まることが確認された。
沖縄戦グリッドマップは1/25000地形図を基に調整されているが、この縮尺では1mmが25mに相当するため、上記のズレは紙図面上で1mm以下(約0.2mm)の誤差である。したがって、目視レベルでの一致は十分に満たされているものと考えられる。この結果から、最初に仮定した「生成した1000ヤードグリッドが正しい」という仮定は目視レベルで成立していると判断される。

(3)位置コード
x座標とy座標の右から5桁目と4桁目を切り出した文字列を組み合わせた位置コードでは、生成されるコードは「0000」から「9999」となる。この位置コードで表現できる範囲は、約90km四方である。
位置コードの生成規則に基づくと、沖縄島周辺地域のzone1~4の範囲(図-5)では、コード「0000」から「9999」が繰り返され、これらのzone境界で位置コードが不連続になることが確認された。
従って、約90km四方を超える場合にどのように位置コードを生成するのかを検証する必要があった。zone1~4の交点を含む沖縄戦グリッドマップ『kinNW』を確認した結果(図-6)、図-5に示した予想通り、左上から反時計回りに「9900」「9999」「0099」「0000」が位置していることが確認できた。

このことから、zoneを超えても、x座標とy座標の右から5桁目と4桁目を切り出した文字列を組み合わせることで、1000ヤードグリッドの位置コードが生成されることが分かった。
なお、沖縄島陸域内においては、1000ヤードグリッドの位置コードはユニークなコードとして機能している。

表-1 沖縄戦グリッドマップ精度計算表
図-5 1000ヤードグリッドの範囲
図-6 zone交点の1000ヤードグリッドID

まとめ

本研究では、沖縄戦時に米軍が作成した1:25000スケールの戦略地図「L-891シリーズ」に基づく1000ヤードおよび200ヤードグリッドの再現とその精度検証を行った。まず、既存研究の情報に基づき、沖縄戦グリッドマップの投影法や座標系を検討し、沖縄島全域にわたるGISデータ化を目指した。特に、グリッド線の位置精度を確保するために、視覚的な重なりを基準にプロジェクション定義を調整した。

精度検証では、沖縄戦グリッドマップの不規則な歪みを補正するために、複数のジオコントロールポイントを設定してTNTmipsを用いた再生成を行い、生成した1000ヤードグリッドの精度を確保した。最終的に確認した緯度経度方向のズレは最大で約14m、平均数メートルに収まり、紙地図上での目視レベルの一致が得られることが明らかとなった。

さらに、沖縄戦グリッドにおける位置コードの生成ルールも確認し、沖縄島域においては、ユニークな位置コードとして機能することを確認した。これにより、生成した1000ヤードグリッドの精度が十分であることが確認され、沖縄戦グリッドマップとの時空間解析への適用可能性が明確となった。

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